「隻手萬病を治する療法 2」

前ページ「隻手萬病を治する療法 1」

 霊気療法は、その名の示す如く、少なくともスピリチュアルなものとして、考えられているが、わたしが今までに百人以上を治療した経験からいえば、むしろ、わたしはフィジカルなものじゃないかと思っている。或る人は、これを以てキリストや釈迦が人の病を救った奇蹟と等しいものの様に考えているが、少なくともわたしは、彼等の如き偉大な人間でもなければ、またそんなものを行ない得る人格の所有者でもない。
 一体世の中には、あらゆる世間のあらわれを霊的に解釈して、人間の霊の方面のみを見つめながら世を送っている人があるが、同時にまた反対に、世界の事件の表現を散文的に、フィジカルに、プラクチカルに考えて、すべてそういう方法で解決をつけてゆく人もいる。わたしはその後者に属する、卑俗凡庸な人間であるから、人間のフィジカルな治療をするのに、急に、スピリチュアルな野心を起こす必要はない。少なくとも今の所では、わたし自身のやっている療法だけは、決して超自然的なものではない。極めてノーマルなもの、極めて生理的なものだと解釈している。

 理論はぬきにして、先ず実例から話してみよう−−。
  最近の方では、今月初めに、浦和のある高等学校の教授が、四歳になる娘を或る人の紹介でつれて来た。その娘は片眼がつぶれ、同時にまた他の片眼にも移ろうとしているので、方々の博士の所を渡りあるいた、だが一向になおらぬ。それでわたしの所に来た。わたしは、単に眼ばかりでなく、全身のどこかに欠陥があるのじゃないかと考えたから、第一に全身を診た、胃腸が悪い、鼻が悪い、腎臓が悪い、種々な点を綜合して考えると、全身的な疾患が最も強く眼に現われたものらしい。そこでわたしは、わたしの療法を試みた所、五六回ばかりで眼が見える様になって来た。勿論のこと他の疾患も漸次快復して来た。その父親は「この娘のためには、自分の眼球をくり抜いても惜しまぬ」といっていた。今その父君は自ら今月より入門して、自分でその娘の病を癒そうとしている。
 次は、昨年十二月初旬のことであった−−知名の画家O氏が三時間の時に死んで終うと宣告された。すでに二時間は経過して、あと一時間の生命であるというので、夜中にその娘さんから電話がかかった。そこでわれ等夫婦は、郊外駒沢に一時間余を費して自動車を飛ばした。馳せつけた時にはもう三時間半の後であったが、門前にわれ等を待ち受けている家人の話によれば、一時間も前に人事不省に陥ったというのだ。われ等夫婦は直ちに心臓へ手をかけた、そうして心臓弁膜症のために心臓麻痺に陥っていたO氏は、われ等夫婦が、六時間半、一滴の茶も飲まずにその胸に手を置いた結果、とうとう、医者はO氏が安全区域にたち戻ったことを宣告し、その次の夜には、平熱に下がって脈搏も八十位を打つ様になって来た、−−わたしは公言する、大抵の場合、百二十位を打っている脈搏の人を、二三時間で八十位までにすることはさまで困難なことでないことを。
 また、「穏田の神さま」といわれる飯野吉三郎君が重体の時は、有力な博士が四人もかかっていた。彼は四度も死の宣告を受けたが、その最後の朝、その家族達が袂別の水を彼の唇にしめした後、わたし達はその蘇生を受け合った。そうして彼は死線を越えた、宿直のお医者さん達は退散した。
 こんな、奇跡的な実例は腐るほどにある。しかし、実は、それは奇跡でも何でもない、簡単に生理的な治療が施されたに過ぎない。

 では、如何にしてわたしは病気を治療するかというに、ただ患者の患部に手を載せて置くだけだ。押しもしない。叩きもしない、そこにこの療法の妙味があるものとわたしは思っている。ただこの療法の強味は全身的に診察してその病源を悉く探知し、その部分に治療を加えるから、治療の効果が顕著で迅速なのだと思う。そんなら、如何にして病源を発見するかというに、患者の全身どこにでもわたしの手をかければ、その悪い所においてのみ、わたしの掌が痛むからである。掌の痛む程度は勿論病気次第で違う、といってそれは病気の軽重によって強弱が比例するものかどうか、未だわたしには秩序的に解っていない。しかしながら患者自身が悪いという場所に限り掌が痛むというのではなくその病源において掌に痛みを感ずるのであるから従ってまた容易に発見せられる訳である。多くの場合お医者さんは、病人の訴えによってのみその患部が判る。ところが、わたし達には病人からの告白はいらない、のみならず病人はこんなことで癒るものかと思っていてもよい。否でも応でも、三十分乃至一二時間の後にはきっとその病所に、革命が現れるのだから仕方がない。

次ページ「隻手萬病を治する療法 3」


目次に戻ります