前ページバーバラ・レイとレイキの起源 1

 さて、今度は歴史にそくした検証を行なってみます。
 まず、「古代チベット」とは何か、ということです。八千年以上昔に、チベットに高度な文明があったという証拠はありません。そして、その文明の知識がインドやエジプトに伝わっていったという証拠もないのです。レイ博士の主張は、世界史の常識とはかけ離れたものであると言わねばなりません。
 何しろ、チベット文字が出来たのは七世紀のことです。サンスクリットの仏典が、チベット語に翻訳されたという歴史的事実はありますが、逆に古代のチベット文献がサンスクリットに翻訳されたという証拠はないんですね。

 バーバラ・レイによると

○「この法式は、一連のシンボルに基づいて」いるものであった

ということですが、これをウスイ博士は、サンスクリットの文献の中に発見したのだそうです。
 レイキの、現在までに伝わっている4つのシンボルは、そのうちの3つまでが、明らかに「漢字」と「サンスクリット」を構成要素としています。八千年前に存在したかも知れないチベットの文字でもなければ、七世紀以降のチベット文字でもありません。
 サンスクリットの文献の中に、なぜ漢字が登場するのか、私には全く不可解ですが、4つのシンボルのすべてが「古代チベット」起源だなどというのは、既に不可解を通り越しています。

 セサミ・ストリートに出てきた日本ではありませんが、バーバラ・レイの頭の中では、漢字も梵字もチベット文字も全部同じものなんでしょうかね。古代文明を研究した学者だというんですけどねえ。

 レイキ療法は、大正時代の日本で始められた「テクニック」である。

 私は、これで充分だと思います。
 インスタント・ラーメンの宣伝ではないのですから、「悠久の歴史」を持ち出しても、冗談にはなりません。八千年前の「古代チベット」を持ち出すのでは、かえって眉につばを付けさせる効果しかないのではないかと、考える次第です。


 附録

 現在あまり手に入りやすい本ではありませんから、ついでに少々「引用」しますね。

 このページ冒頭の箇条書は、バーバラ・レイ博士の著書の中「レイキの起源」と題された章の91ページから98ページにかけてを要約したものです。かぎかっこで括った部分は、もちろん引用。
 巻末に載せられた「著者の自伝的素描」という文章の一部が、ちょうどうまい具合いに、このあたりのまとめになっていますので、以下に引用しておきます。

一九七八年、私はレイキの基本コースをとりました。私の専門の学術的背景ゆえに、私は容易にレイキを、宇宙エネルギーをとらえ、この自然なエネルギーを調整し治癒し完全にし悟りの境地達成のために適用する古代の技術である、と見わけることができました。この技術の起源は、多分八千年以上も昔の古代チベットに見られるでしょう。この知識は結局、インド、中国と日本へ、同じくエジプト、ギリシャとローマへともたらされました。
  P.217

一九七九年の終わりごろ、西欧でその知識に通暁していた唯一の人物、ハワヨ・タカタから、真正のウスイ式レイキ療法を構成する七つのディグリーすべてと、七段階のアチューンメントすべての指導を私が受けたのです。私はハワヨ・タカタ夫人がこのユニークな体系を完全な形で信頼し与えた唯一の人間です。したがって、その体系を完全な姿のままで保存し、純粋で光り輝く力をそっくりそのままの完全な形で、つまり薄められ汚染されないようにするのが、私に課せられた責任です。
  P.65

  『レイキ療法』バーバラ・レイ 三井三重子訳 昭和62年11月20日 たま出版

 上のように考えたが故に、他の21人とは行動をともにしなかったのですね。


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