レイキあれこれ 2


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ふたりのカワムラさん

 タカタ・ハワヨさんは、1900年、ハワイ・カウアイ島のHanamauluに、カワムラ・オトゴロウ夫妻の子供として生まれました。「ハワヨ」という名前は「ハワイ」にちなんで名づけられたもので、幼いうちになくなったお姉さんはカウアイ島にちなんだ「カワヨ」という名前でした。
 さて、旧姓カワムラのハワヨさんは後に、林忠次郎氏の弟子になります。ところが、「隻手万病を治す療法」をお読みになった方はお気づきでしょうが、林氏の系統にはもう一人カワムラという女性がいます。松居松翁を助ける「看護婦」の「河村さん」です。
 松翁の記事は、昭和三年(1928年)のもの。一方、レイキ伝説によれば、タカタさんが林氏のもとに赴くのは1935年です。
 年代は一致しないのですが、なにしろ肇祖を同志社大学の学長にしてしまったりと、歴史上の事実をあまり顧慮しないグランド・マスターのことです。どこにどんなトリックが仕掛けられているか、なかなか油断はできません。もしかしたら、二人のカワムラさんには、なにか関係があるのではないでしょうか。偶然というには、少々気になるのですね。
  (オコジョ/横浜)


宮崎五郎と松居松翁

 『レイキ文献リスト』に紹介した『手 その奇蹟』(宮崎五郎著)の中に以下のような箇所があります。

「劇作家として有名な松井(ママ)松翁は独特の手のひらで、死んだ病人までも生き返らせたというほどの達人だったそうですが、晩年は医者にもわからぬ奇病に悩まされて死んだと聞きました。松翁は両手を使ったといいます。病気直しを専門にする人は概して天寿を全うしないようです。(略)
江口翁は、もしこのみちを商売にするが如くんば、思わぬ因縁を背負いこむことを覚悟なさいといましめました」P.46


先日こんなことがありました。(体験談)

 今、あるボランティアのための研修会に、松本まで行っているのですが、先日来てくださった講師の方が、パーキンソン病を患っていらっしゃるということで、歩くのもやっとで、お話をなさるのもしんどそうなご様子でした。

ずっと福祉畑を歩いてこられた方で、お話の内容はすばらしかったのですが、あまりにおつらそうにお見受けしたので、眼でレイキを送ることもできるとお聞きしたことを思い出して、その方の上にイメージで4シンボルを描き、それをかぶせるようにして、白い光で包ませていただきました。

それから15分ほどして休憩に入ったのですが、休憩に入る前に「今日は皆さんのパワーをいただいて、身体がとても楽になりました」とおっしゃるのです。事実、声にも初めの頃よりずっと力がこもってきたように感じられました。

こういうこともできるんだな〜♪と、私はひとり感動しておりました。人のお役に立てるレイキというツールをいただいていることに感謝です。

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これは、私が先生に送ったメールですが、もし今でも体験談を募集して おられるなら、どうぞお使いくださいませ。
(cosmosさん/長野県)

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