手あてのしかた


   手あてのしかた    江口俊博

 手のひら療治は、命と命とのカラミ合いで、生命力が昂奮し、充実し、故障がとれ、元気に復するのですから、「仕方」としてお伝え申すことはないのでありますけれども、斯様なことに全くご経験のない方は、ドウすればよいか更に見当もつかぬ趣きもあるかと存じ、現に私がやっている様子をご参考に申し上げて見ましょう。この通りにしなくては治らないというのでは決してありませぬから、趣旨をおのみ込みになったら、あとはご銘々ご工夫になってやってご覧なさい。
 手は右をお使いなさい。場合により左右諸手をお使いになるのは構いませぬけれども、左を使ったり右を使ったりなさらない方がよろし。右手を使う関係上、なおまた自分の顔と病人の顔と向き合っているべき必要から、自分の位置は病人の右の手に沿うて坐るがよし。
 およそ病人はだいたい気分を悪がっています。気分が悪いというのは、脳に故障が起きているからです。それでたいていの場合、まず一番に頭に手をお当てになるがようございます。髪の生え際に手を当てて、病人の訴えらるる悩みを心の中で捌いてあげることが肝要です。仮りにある病人が頭が重い、食が進まぬ、夜分眠れないと言われたとすれば、手を当てつつ目をつぶって、心の中で「頭が軽くなるように、ご飯がおいしく食べられるように、夜分よくやすめるように」とはっきりした言葉で念じ祈ることが肝要であります。この祈りのはっきりしない方のご療治は効き目も薄いのです。手のひら療治の生命は、この祈りだと申してもよいと思います。手をあてますけれど、手のひらの働きの奥に生命の個々の力がなくてはダメなのであります。
 手を当てる時間は、初めの間は一ヵ所四十分見当必要です。だんだん手を使いました私などは手を当てておりますとジンジンした様な感じが起り、ある時間経てば潮の引いたように、スウと一時感じがなくなります。これを療治の一経過と称しまして、その箇所はまずそれでよしとするのです。けれども初めての方にはこの経過を感じませぬから、やむを得ず、時間でクギリをつけるのです。
 頭はまず前額の生え際から始め、次第に頭のグルリを一巡し、最後に頂上のところに一番骨を折ります。後頭部頸筋にも当てます。頭が済むと胃に当てます。すべて頭が悪いとたいてい胃が悪くなります。頭が悪いという方が多く食事が進まぬ様です。反対に暴飲暴食をしました翌日は頭がダメになって緻密なことや高尚なことは考えられないのが普通です。頭と胃と密接な相関関係にある証拠であります。
 胃の療治は鳩尾(みぞおち)に親指を立て、静かに手を腹に倒します。ここがだいたい胃の位置です。胃下垂などの病人のはもっと下にさがっていますけれどこれで沢山です。手のひら療治は、きちんと患部の直上に手が行かないと治らぬというような小面倒なものではなく、手の当った近所に故障があれば真っ先にそれを治しますから、解剖学などを心得ておく必要はさっぱりありませぬ。胃の背面も手を当てていますと治りが早いからです。
 頭と胃とを療治しますと、多くの場合気が軽くなる様です。熱のある場合ならたいてい下がります。必ず幾分なり下がります。全体ちょっとした病気ならまずこの療治で埒があきます。手のひら療治の手段は結局手のひら一枚ですから、この療治では病気の種類はさまで問題にしませぬ。込み入った症状か、簡易な症状かくらいに観察し、簡易な場合は頭と胃腸、込み入った場合には頭、胃腸、腎臓という見当でやります。
 その他は現に具合の悪い局部に軽く手を当てます。
 目の悪い人のはまず頭に手を当てて、次に人指し指を眉丘に沿うて伸ばし、他の三本の指を揃えて軽く眼球に当てます。眼球を押し付けない様に用心します。これで眼に関するいろいろの故障がとれます。視力に故障のある場合には眼の他に肝臓に当てます。疲れというのは、普通肝臓が弱った場合のことです。視力に故障があるというのは眼が疲れたことなのですから、肝臓に精をつけてやるのです。肝臓というのは鳩尾から肋骨に沿うた右の方です。
 鼻の悪い場合は、親指と中指とで軽く小鼻をつまみ、人差指で眉と眉の間を押えます。鼻の故障はたいていこれで治ります。蓄膿症はだいたい上顎骨のあたりにたまっているのですから、なおその上に眼の下の骨に当てます。鼻に故障があればややもすれば脾臓にも障りがありますから、念のため左肋(あばら)俗にヒバラという辺に当ってみます。さらにご婦人なら婦人科を調べます。鼻と婦人科とは深い関係があります。
 耳は耳をかぶせるように手のひらを当てます。耳の穴の後ろの骨の近所に一番多く障りを発見します。中耳炎の場合は痛んで直ぐ手を当てるわけには参りませぬから、三、四寸離れて手をかざします。痛みが薄らぐにつれて手を近づけ二、三度した後軽く当てます。耳の悪い人はたいてい腎臓に障りがあります。腎臓は男なら袴の腰板のあたり、ご婦人なら大帯の結び目の真下くらいのところに左右二つあります。そこに当てます。腎臓の障りは一種特有な感じがあります。腎臓に障りがあると耳に障りが出るほかに後頭部に凝りが出来て痛烈な頭痛がしたり、ひどく物を苦にしたり、愚痴を言うたり、気がめいったりします。動脈硬化や、血圧亢進の場合もせっせと腎臓に手当をします。腎臓障害の場合には、動物性蛋白を避け、純精進で行くと治りが早うございます。耳鳴りも軽いのなら腎臓の手当で治ります。
 扁桃腺が膨れますと突然えらい熱が出ます。お子さんがややもすれば夜半に三十九度、四十度もの熱を出されることがあります。こんな場合はまずたいてい扁桃腺か腸の仕業ですから双方をさわってみます。扁桃腺なら枕元に坐って手のひらを顎に引っ掛ける様にして当てます。この場合はなるべく長い時間をかけますと(二、三時間も続けて)往々一挙にして埒の明くことがあります。一挙に埒が明かずとも二、三度、五、六度続けて手当をすればたいてい治ります。まず切開の必要はないと思います。悉く治ると申しても過言でないくらいなおります。扁桃腺がおかされたときはややもすれば腎臓もおかされますから、いつも念のため腎臓にも当てます。
 口中の故障、歯の痛み、いずれも頬の上から当てます。歯の場合は痛い歯を探り出して顎の上から軽くあてておりますと、妙といいたいほど治ります。別して小児の乳歯、虫歯などは十分か十五分当てますとたいてい治ります。
 セキはのどか上胸部に当てます。風のセキはすべてのど、喘息、百日咳、気管のセキなどは胸のセキです。都会のひ弱い小児が多くおかされている肺門リンパ腺腫脹といわれている病気は胸に手を当ててみると分かります。食養に気をつけてせっせと手を当てますとおよそ治ります。肺病も同様ですが、飲み薬で治してしまおうとするのは無理です。
 肋膜、肺炎などは手で存外治ります。初心の人はお医者さんにどこに発生しているか伺って、そこに手を当てればよいのです。
 よく聞く胆石病は肝臓部位に手を当てます。糖尿は胃の下のところに手を当てます。糖尿にかかった人には玄米飯と、小豆と、トウナス(南瓜)一片とを軽い塩味で煮たものを茶漬茶椀に一杯ずつ毎日食べてもらいますと早く治ります。
 婦人病は私のさらに体験できないことだからさっぱり判り兼ねますけれど、差し当たり月経困難というのには婦人方なかなかお困りのようですが、手当をしますと案外造作なく治るのがあります。切開手術が必要だと言わるる場合でも手当をしただけで治ったことが再々あります。腰が痛いとか、オリモノがして困るというくらいのならわけないとも言えます。ぐっと下腹の前の高い骨までかけて手を当てます。後ろの仙骨部にも当てます。月経困難なら、役の前五、六日も続けて手を当てますと多少効きます。翌月もまた翌々月もそんな風に手を当てますとたいていラクに始まるようです。手当で保護していると殆ど難産はないと手のひら療治を応用する産婆さん方が口々に申されます。産の時お尻の割れ目に手を当てると強い順当の陣痛が来て具合がいいと聞きました。産後に腹部に手を当てますと収縮が早いそうです。
 リュウマチ、神経痛という類のものは痛いところに当てます。おでき、霜焼けなど、脱脂綿か何かを当てて手を当てます。なかなかよく効きます。火傷に対しては手当は偉効を奏します。痛がりますから初めは四、五寸も離れたところから手をかざし、痛みの減るとともに徐々に近づけます。たいていひどい火傷でも、それを二時間も続けますと痛みたけは止ります。痛みの止った後、ガーゼでも当てて数回療治しますと、殆ど痕跡もないように治ります。
 ノドに物がふさがったような時、外部からノドに手を当てていますと、二、三十分内にたいてい急激なセキが出てポンと飛び出します。
 働きすぎて疲れたり、病後いつまでも元気が出なかったり、病気というではないがどことなくひ弱いといったような人に対しては「元気つけ」と称する扱いをします。まず腰から上を肌脱ぎになってもらい、うつ伏せになり、額を枕につけ両手を揃えて伸ばさせます。それから
(1)顎のところを軽く握りしめる。
(2)背部肩胛骨の下端のあたりから手を軽くすり上げ、指先を頸と肩の境い目の柔らかいところにかけ、軽く握りしめる(左右とも)。
 この(1)、(2)いずれも胸の中で一二三四……と十五、六数える時間保ちます。
(3)人差指と中指とで背骨を挟んで、やや押しつけ気味に頸部から腰のあたりまで多少の速度をつけて二三十遍擦る。
 これは濁って粘る血をサラサラと浄める役に立ちます。それで「元気つけ」の中心作業はこれなのです。
(4)肩胛骨の下端に沿うて背骨から肋骨の方向に二三度肋骨全部を擦る。腰骨と背骨と出合うあたりの両側の柔らかい部位を、中指と親指と約三寸ばかり拡げた指先でやんわり十四、五心中で数える時間押さえ、その後を横に二、三度さすり、しばらくの間その上に手のひらを休める。
(5)臀肉の外れに手をかけ軽く押し上げ気味に圧す。
(6)背中全面を両手で上から下に幾度も擦る
(7)両手で左右の二の腕を肩から腕にかけ三、四回擦る。
 この療治はみなで六、七分しかかからぬ。背中がソゴソゴして風を引きそうな時とか、寝汗をかく時期とかならたいてい二、三回で治ります。(日に一回くらいがよし)あまり弱小な子達なら一切を略し背中を上から下に手のひらで軽く撫でるたけで結構です。特に断わっておきますが、この療治は胸に病気のある人にやってはいけませぬ。
 痔の人はうつ伏せに寝てもらって、着衣の上からお尻の上に手を当てます。すべて「元気つけ」の外はなるべく直肌を避けます。
 シャックリはおかしいくらいによく止ります。ねかして両手を頭に沿うて伸ばさせ鳩尾(みぞおち)の部分に手を当てればよし。
 乗り物に酔う人は、乗る直前に一時間も頭に手当をしますと、船の外はたいてい酔わずにすみます。船がしけた時は何をしてもまずダメの様です。
 夜尿症(ねしょうべん)は頭と膀胱に手当をすると治ります。五、六遍当てても効かない人はダメかも分かりませぬ。時として鼻の悪いために夜尿を放つものもありますから、念のために鼻にもさわってみます。
 どうすればよいか見当のつかぬ病人なら頭と腸を療治します。


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