タカタ・ハワヨさんのメモ


タカタ氏と林氏
タカタ・ハワヨ女史(左)と林忠次郎氏

 タカタ・ハワヨさんのメモと伝えられる資料が手にはいりました。
 タカタさん自身の語るところによれば、病を治療するために日本にやってきてレイキと出会ったのは1935年のことです。赤坂の病院で手術をする予定だったのが、不思議な縁に誘われて信濃町の林忠次郎氏のもとに移り、そのあと4ヶ月ほどで病気は全快します。ちょうどその年のメモが残されていました。

 ヘレン・ヘイバーリイの著書『ハワヨ・タカタ・ストーリー』によると、タカタさんが赤坂の病院に入院したのは1935年の9月です。「腫瘍、胆石、虫垂炎」と診断されます。体力をつけるためにしばらく日をおき、手術は3週間後に行なわれることになります。しかし、お告げを聞いたタカタさんは手術を受けるのをやめて、そのかわりに林忠次郎氏の診療所に通いはじめます。「3週間後」とあるので、9月中ないし10月のことです。
 『ハワヨ・タカタ・ストーリー』によると、セッションを受け始めてからやはり3週間ほどして、タカタさんはレイキを自分にも伝授してほしいと願い出ます。紆余曲折のすえ、なんとか許可されることになります。下の一枚目のメモは1935年の12月の日付になっていますから、レイキを始めてからしばらくして書いたものと思われます。おそらく、伝えられたことをそのまま書き留めたのが、このメモなのでしょう。
 
 もう一枚のメモには1936年の日付が見られます。
 タカタさんの両親は、このころ一時帰国して山口県に1年間ほど滞在していました。1936年の3月、ハワイのカウアイ島に帰るのをタカタさんが見送っています。そのときのことを書いたのが4月のメモでしょう。また、レイキの伝授を受けたタカタさんは、林氏に同行したり、また単独で出張して手当てをするようになるのですが、その様子が書かれています。
 神秘伝についての言及があります。別の資料によると神秘伝を受けたのは、1938年の2月ということです。レイキをはじめてせいぜい数ヶ月しかたっていませんから、この記述は必ずしも神秘伝を受けたということではなく、最終的にはその段階まで教えてもいいという許可を得たものと解するのが適当でしょう。
 
 手書きの文字がなかなか読みにくいのですが、判読できた限りを参考までに下に書き出し、翻訳もつけておきました。
 私の判読しかねているところ(いちおう一番それらしい見当を書いてはおきましたが、自分でも納得できないままのところがあります)がお分かりになる方がいらっしゃいましたら、メールいただけると幸いです。
 
 なお、前回「BoronTaku」とアップロードした部分は、ハワイの人にそんな名前があるのではないかと想像したのですが、BとTが大文字になっているところを素直に見れば、「Baron Taku」でいいのではないかと思いつきました。『日本紳士録』と『華族大鑑』をあたってみたところ、「多久龍三郎」という男爵が実在していたことが分かりました。住所は東京の渋谷区です。
 家族は、夫人・明子の他に、大正14(1925)年生まれの令嬢・美子、昭和2(1927)年生まれの令嬢・喜美子の二人です。メモの中の「the 2 girls」で"the" が気になっていたのですが、他に子供がいない「二人娘」だとすると納得がいきます。こういう偶然の一致はなかなかありそうではないので、「多久男爵」の解釈で間違いなさそうです。
 霊気療法学会は、歴代の会長に海軍少将が3人も名を連ねています。林忠次郎氏も海軍大佐、手のひら療治の江口俊博氏も「一級俸」を賜わる校長先生です。『ハワヨ・タカタ・ストーリー』の中で林氏は、顧客はみな上流階級の豊かな人ばかりだと言っています。顧客に男爵がいても当然なのかもしれません。


Dec. 10 1935
 Meaning of "Leiki". Energy within oneself, when concentrated and applied to patient, will cure all aliments(ailments). It is nature's greatest cure, which requires no drugs. It helps in all respects, human and animal life. In order to concentrate one must purify one's thoughts in words and in thoughts and to meditate to let the "Energy" come out from within. It lies in the bottom of your stomach about 2 in. below the navel. Sit in a comfortable position, close your eyes, concentrate on your thought and relax, close your hands together and wait for the sign. Kindly and gently apply the hands starting from head downward. The patient who is about to receive this treatment must purify one's thought feel comfortable and a desire to get well. One must not forget to feel grateful. Gratitude is a great cure for the mind. In all case, the patient could be diagnosed just by the touch of hand.

1935年12月10日
 レイキの意味。人がみな生まれながらにして持っているエネルギーで、集中させて患者に当てるとあらゆる病を治す。最大の自然治癒力であり、薬を使用する必要がない。あらゆる場合に有効で、人間同様動物にも効き目がある。レイキを集中させるためには、言葉の面、想念の面ともに、思考を浄化しなければならない。そして、「エネルギー」が内面からわき起こってくるためには、瞑想する必要がある。エネルギーの源は、へそから約5センチ下の位置にある。
 楽な姿勢で坐り、目を閉じ心を研ぎ澄まして身体の力を抜く。合掌して感じがやってくるのを待つこと。心をこめて優しく手を当ててゆく。頭部から始めて、だんだん下に移っていく。施術の受け手は、心を浄化し、ゆったりとくつろいだ気持になり、治りたいという欲望を持たなければならない。感謝する心を忘れてはいけない。感謝することには心を癒す大きな力がある。ただ患者に手を触れるだけで、どんな疾患であろうと診断をくだせる。

April 2nd 1936
 Father was sick from cold and tired. Gave him treatments and was able to take exam on the 7th, and back to Kauai on the 10th. After seeing them off came back with Julia to Mr Hayashi's home, they were so nice and begged me to stay with them, so from that night on I am staying here. This must have been my real Lucky day as I come to think. I have gained so much knowledge in line of treatments that I found myself taking patients naturally.

May 1936
 Went to cure the 2 girls of Baron Taku 2 days and they were cured; Mrs Harazawa at Keio Hospital, every night at 7:30 p.m. Treatment for after operation. Finds it very good and fast recovery. At the home office patients began to increase ever since I came to them, it makes me feel good and very encouraging.
 What was more than pleasing was that Mr Hayashi has granted to bestow upon me the secrets of Shimpi Den, Kokiyu-Ho and the Leiji-Ho, the utmost secret in the Energy Science.
 Know(No) one can imagine my happiness to think that I have the honor and respect to be treated with this gift -- a gift of a lifetime and I promised within me to do my utmost in regard to this beautiful wonderful teaching that I just received. I shall promise to do what is right thru(through) sincereness and kindness and shall regard and respect the teaching and its teacher with utmost reverence and respect.

March 29 - 1937
 The Law of Karma, so true according (to) the teachings, when we meet, it is the begin(ning) of parting.

1936年4月2日
 風邪に疲労が重なり具合いが悪かったので、父に手当てを行なったところ、7日には検査を受けられるようになり、父の一行は10日にカウアイに帰った。一行を見送ったあと、ジュリアと一緒に林先生宅に戻った。林家の人たちはとても親切で滞在するよう勧めてくれたので、その晩以来ずっとここに住んでいる。考えてみると、この日は私にとって本当に幸運な日だった。あれ以来、手あてについて沢山のことを学んだので、最近では患者さんたちに対して自分でもごく自然にふるまえるようになってきたと思う。

1936年5月
 多久男爵の二人娘の治療に出かけた。2日でふたりとも治った。慶応病院に入院している原沢夫人のところには、手術後の手当てのため毎晩7時半に行く。経過はきわめて良好で回復もはやい。診療所では、私が加わるようになってこのかた患者さんの数がどんどん増えている。私にとっても嬉しいことだし、とても励みになる。
 何よりも嬉しいのは、林先生から神秘伝を伝授していただける許可を得たということだ。エネルギー療法の奥義である呼吸法や霊示法を教えていただける。
 このような贈り物を賜わるのは名誉なことだし、敬意を払ってもらっているということだ。そんな風に考えると、とても幸せな気持になる。私がどれくらい幸せな気持か、誰にも想像がつかないだろう。これは一生役にたつ贈り物だ。伝授されたばかりのこの美しく素晴らしい教えのために自分にできる最大限の貢献をすることを、私は心の中で約束した。真摯にそして親切な心をもって正しく行動していこう。そして、この教えとその教師を何にもまして敬い大切にしてゆくつもりだ。

1937年4月29日
 カルマの法則。教えによるとその正しさは否定するべくもない。巡り会ったときに、別れは始まっている。



目次に戻ります