隻手療法実験のため自ら患者となるの記 2


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 第三日となった。
「これだけ手がけて、なおかつ凱歌をあげられぬとは心外だ」といいながら、松翁夫妻は彼の難症に突撃せんばかりの意気である。手先は方々に転戦する。間もなく先生は叫んだ。「ほっ、やった、ここだそ、加勢しろ加勢しろ!」先生の手の上に奥さんの手が来た、その上にまた河村さんの手が重ねられた。病魔の巣を発見して総攻撃をするのだ。「痛い!うう痛い!」と先生は顔をしかめた、「待ってくれ、もう敵わん、右手と取り換えるから」
 重ねられた手の下で、彼の腸はぐず、ぐずと鳴った、霜柱が溶け崩れる様に――。恐らく鬱血でも散る音なのか、気味が悪い、この時彼は、この療法の開祖が飯野吉三郎や太霊道と共に、日本三やま師の一人といわれたことを思い出した。
 その日、彼は小山にでも登った様な疲労を覚えた。家で横になると心臓が早くどきどき打っている。胃も弱ったらしい兆候がある。入浴の後また横になると前後不覚に仮寝の夢、何だか鼾をかいてる夢だ。一時間ばかりして好い心持で目を覚まし、聞けばとても大きな鼾をかいたそうだ。醒めての気持は今までにない愉快さである。
 第四日には、腹がくうくう鳴り出した。治療を始めて以来いつも腹一杯食っている気で、しかも喰えばいくらでも食える状態にあったが、この日は腹中もやや整って来た様な感じで空腹感が漸く湧いて来る。が、眼はまだ眼鏡なしには疲労する様だ。
 以上の如き経過で、胃腸に何らかの革命が起きたことは事実だ。俗に「動じ」という奴か、反動的に一時悪くなったか、ともかく、反応のあったことはわかる。しかし、果して癒るかどうか更に続けて見ねば確答は与えられまい、ただ報告を急ぐため不満足ながら、実験記はこの程度にしておくが、なお治療はして頂く約束である。
 最後まで探ってみたが、隻手には何の秘密も何もないらしい。それとなく奥さんをねらっても「このお腹ん中に種が仕入れてあるんですよ」とばかり、笑って答えない、松翁先生も笑っていた。
 信ずるか、信じないか、――それは個々人の見識にあることで、報告は単に報告に過ぎないことを特に附記しておく。


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